甘噛みシンガーソングDTMer HT

「分からない…」の終着駅(建設中)

作曲を苦行にしてしまわないために考える表現の楽しみ方

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何が何でも作曲スピードを上げたいけど…

 

思うようにいかない経験は作曲する人なら

プロ・アマ問わず大なり小なりあると思います。

 

「悩みだして陰に沈んでいくから もっとダメになる。

 好きに作れ!」

というのが だいたいの解決法?だとは思いますが

 

まぁそれで解決するなら誰も最初から悩みませんし、

「曲が思いつかない…スランプ…」

というのが少数派になるはずですからね。

 

 

かくいうボクも

いまいちこう…手数って言いますか引き出しって言いますか

あるいは瞬発力といいますか、

 

いろんな面で悩まされていたりします。

 

 

何が何でもスピードを上げたい…。

 

しかし、

効率化意識だとかいろいろ手を出してみたものの、

効果はありながら結局詰まることが無くならないのは

 

どうも別の何かが足を引っ張ってる気がしたんですよね。

 

それこそまだボクの中で作曲が

「作業」となってしまっているのかもしれない…。

 

実感が深く入ってない薄い作業。

まだまだ脱せていないのではないでしょうか?

 

 

個人的な話ではありますが、

ボクはこういうアレコレ考えるの好きなので

いつも通り記事にしていきたいと思います♪

 

 

 

ふと思い返してみた。

 

ボクは以前こんな記事を書きました。

 

"その「好き」は確かなのか?"

みたいな内容です。

これはブログの話だったわけですけど、

まるまる音楽のことでもあるんですよね。

 

もしかしたらボクはまだ音楽に対して何処かで

不純な思いが混ざってるのかもしれない。

 

いわゆる「音楽と向き合えていない」

という状態。

 

 

気をつけていたつもりなのに

効率化のため、理論やら何やらに

学の無い頭で当たってみても

 

結局スランプに陥ってしまうのは

まだ何処かで音楽を

好きになりきれていないのかもしれません。

 

 

「恋に恋する」じゃないですけど

果たして自分は ちゃんと音楽が好きなんだろうか?

 

 

 

何故こんなことを思うか。「夢中になること」

 

何でも良いです。

 

積み木遊びでも良い。

 

ドラクエみたいなゲームでも良い。

 

 

夢中になって遊んだものが

自分の中で極まってきて

 

いつの間にか「上手い」などと、

人を感動させた経験がある人はいないだろうか?

 

 

自分の中では ただ遊んでるだけだから

あんまり実感が無い

という人が大半かもしれません。

 

 

ただ

夢中になった経験というのは分かるはず。

 

 

ゲームですと分かりやすいですよね。

 

縛りを付けて

わざと自分で難易度を上げてプレイしてみたりだとか、

 

根っから夢中で無いと付いていけないハイレベルな戦いを

スマブラとかでは よく見かけたりします。

(何気に動画見てたりするHT…)

 

 

つまり「好き」とは探究心純粋さなんだと思います。

だから「好きなことで生きていける」と。

 

 

そういった意味での無邪気さが

自然に技術を身に付けてくるわけですね。

 

 

断じて「やらなくちゃ」という強迫観念にも似た無理強いを

知らず知らず自分でやっているというわけでは無く。

(やってるプレイヤーは基本的に上手くならない。ボクがそれ。)

 

 

 

作品に話を戻しますと、

 

やっぱり優れた作曲家さんは

心から音楽を愛し、深く向き合っているということが

よ~く分かります。

 

こおろぎさんや、ゆにばすさん、サウンドオルビスさん、

他、

どの方の曲も説得力がある…。

 

 

対してボクのはどうでしょう?

 

 

何度も繰り返したことだとは思いますが

やっぱり何処か薄いというか…

「そんな好きじゃなさそうな感じ」

 

 

コレがいわゆる「好き度」の差から来る

やり込み不足

 

ボクの曲の浅さと手数・引き出しの無さは

ここにあると思いました。

 

 

では いよいよ、

ホントの解決策(になるのか不明ですが…)に

入りたいと思います。

 

 

 

子どもは好きなものの専門家

 

いきなり どうした と言われそうですが、

 

プロとは

童心と大人としての冷静な心の両方を持ってる

一種の境地的な存在だと思います。

 

 

子ども心 なくして、プロは有り得ないとも思います。

 

正確に言えば

無邪気に、好きなものに熱中する心

 

 

今一度 子ども心を取り戻すつもりで

自分が本当に好きなものは何か

まとめなおしてみた方が良いかもしれませんね。

 

そうすることで少しは整理されるはず。

 

 

ジャンルや、好きな楽器あたりは

ほぼほぼ自分の中で固まってきているので

ブレることは無いと思いますけど、

 

ボクが一番悩んでいるのが

「実際に形にすることが出来ない」

なんですよね。

 

そう、

やり込み不足

 

および、

それによるイメージ力の薄さ。

 

これらを解決しないことには

ホントの意味での作曲力・作曲速度の向上には

至れないでしょう。

 

 

というわけで

以下より。

 

 

 

楽しみ方を知ろう

 

曲を作る楽しみについては

なんだかんだで知ってるつもりではいましたが

実はボクって そんなに分かってなかったと思います。

 

だから未だに こんなことで悩んでるわけで。

 

 

思えば

強く熱中するほどの没頭って

どこまで出来てたことやら…。

 

 

そんな これからの楽しみ方は

まさにイメージ力

 

連想ですね。

上の記事は

「音源を使いこむために」と思いついた記事でしたが

今ようやっと自分の言葉でハッとしました。

 

 

学校の図工やら美術やら、

あるいは自由帳上の落書き気分で書いた作品やら

 

思いつく限りを尽くす あの時間はまさに

イメージと共にあったと思います。

 

 

授業に関しては やり込むには時間制限があるため

クオリティを求めるには限度があるかもしれませんが

没頭中の時間を忘れる あの状態は もはや夢心地ですね。

 

 

これを作曲時に出来たら強いと思います。

 

 

ものの考え方やら

重ね方、理論他、様々な面で まだまだ浅いため

発想には限界があるものですが、

 

何事も基本というのがあるように、

それを応用していくのが遊びなのだと思えば

学習にかける時間は意外に短くて済むもの。

 

つまり、ボクは自由に遊ぶためのアレコレを

すでに手にしているということになります。

 

 

 

ジミヘンは

どうして不協和音をあのように使えると至れたのか…

 

ジミヘンの存在を教本で知った あの頃、

いつまでも疑問だったアレは

本人からすると遊びだったのかもしれない。

 

 

う~ん

純粋さと やり込みだなぁ♪

 

 

 

※洋楽好きな知り合いの話。

 

別に洋楽である必要は全くないんですけど、

コレが なかなか興味深い話でして。

 

 

「影響を受けた曲の要素をギャグ的に使いあう」

 (サンプリングにも通ずる?)

みたいな話を聞いたときは

 

コレも一種の遊びだなぁと思えましたね。

 

 

一般的には「パクリかパクリじゃないか」の、

際どいところなのかもしれませんが

 

ボクには

「ユーモアってヤツなのかなぁ」と

思えたんですよね。

 

 

別に

「この音と、この音の組み合わせ面白くない?(笑)」

みたいなのでも良いんです。

 

まさに楽しんでるからこそ出来る芸当。

 

 

 

まとめ。

 

基本を今一度洗い、

組み立てる楽しさを理解しなおしたいと思います。

 

 

今まで書いてきた記事たちの

更に根本的なところへ帰ってみることで

ボクの悩みも晴れるはず。

 

 

こうやってみてみると、

ボクって やっぱり

「考える」ことが好きなのかもしれない…。

 

 

文を見て伝わるか分からないですけど、

だいぶノリノリで書いてます この記事。

 

「遊び」のくだりとか超ノリノリ。

 

 

ぜひ音楽にも活かしたいですね♪

 

 

 

考えて、考えて、

そうやって得たものによって

自由になっていけるような気がします。

 

 

逆に言うと、

「感覚」では片付けられないのが

ボクの弱みでもあったり…。(苦笑)

 

 

自分が自由になれる方向に向かっていきましょう。

 

 

それでは!