なぜ人生経験が曲に反映されるのかについて

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人生経験で音は どう変わる?

 

駆け出し…っていうと今も そうなんですが、

音楽を始めたての泣き虫毛虫時代…

 

いや誰が泣き虫じゃいっ!←毛虫も否定して。

コホンッ。

 

 

とにかく初心者も初心者、入門者頃のことなのですが

こんな話をよく耳にしてました。

 

 

「音楽は人生経験によって作られる。」

 

おそらくコレを語った当人方は

説得力の意味で そう言ってたのでしょう。 

旨みとか。

 

 

しかしですね…

 

当時ボクは まだ子どもで、今は大人です。

 

で、思うんですが

「何が変わったのかなぁ?」と。

 

 

 

音に対して何が変わった?

 

当時と今で変わったところを考えてみると、

捉えきれてなかった音程の仕組み和音・進行の妙」が

分かるようになってきたってくらいなんですよね。

 

人生経験というよりは むしろ

「学習によって得た技術」という点でしか変わってないと思う。

 

経験といえば経験かもしれませんが、

少なくとも"人生"では無かったでしょう。

"音楽" 経験ではありますが。

 

 

 

 

音の感じ方について。

 

たとえば和音の話になりますが

「セブンスが どう聞こえるか」というのも

案外人によってバラつきがあるもんだと思います。

 

暗いという印象で まとめられることが多いのは

数学でいうところの"共通項"がヒントになってそうですね。

 

 

いくら人の人生 十人十色と言えど

ある程度は似た感覚が根っこにあるもの。

 

だから「メジャー」「マイナー」という区別が存在するわけで。

 

 

音楽理論解説書も またそんな感じですね。

「おおまかなところでは みんな こういうイメージよね」

みたいなのを上手く まとめてある感じ。

 

 

しかし そうは言っても細かい部分では

「暗い」の種類思い浮かぶイメージ等、

枝分かれしていくものだと思います。

 

なんなら、

「夜の繁華街・夜の明るさって思うこともあるでしょう。

 

では、そういった感じ方の違い

人生経験と どう繋がるのでしょう。

 

 

 

人生経験と音のイメージの関係。

 

どんな暮らしをし、どんな空気を吸い、

何を食べ、誰と どんな感情を浮かべ、何を見、何を聞き…といった

 

数々の体験から来る思考の形成

 音(に対する感性)に影響している

と言えそうです。

 

 

さて、一見どうでもよく思える話かもしれませんが

少し脱線させてください。

 

人は モノの たとえの中に様々なものを利用しますよね

 

代表的なのが視覚情報ニオイ

 

「おばあちゃんちのニオイみたい」とか

そういうのありますよね。

 

たとえる対象

たいてい そのモノとは無関係なものばかりですが、

ほぼ確信を持って誰もが別の何かを利用し、たとえをします。

 

 

つまり連想なんですよね。

 

「ブルーな気分」「黄色い声」みたいな。

色彩で表すのも連想の一種。

 

 

以前も連想に関する記事を書きましたが、

今一度ここに戻ってくるようです。

 

 

つまりは、ただ経験してるだけじゃ

何の意味も無いってわけですね。

 

 

として考えると かなりスッと入りやすいかなぁ。

 

「音楽も一つの言葉で考えてみろ」

というプロのプレイヤーの話が有名です。

 

ビクターウッテン…って方でしたっけ?ベースの方。

 

 

詩を書くように音を選び、メロディを作り展開していく…

言葉でもあるなら音楽は芸術として詩にもなれる

ということになるはずです。

 

 

つまり「経験」というのは

連想力言葉でいうところの語彙力 に関係するもの

ということになりますね。

 

 

だから人生経験によって"使い方" が変わってきて、

曲に深みが出ていくのでしょう。

 

 

 

終わりに。

 

聴く側として音楽を考えてみても、

経験によって曲が染みるようになるなんてこともありますしねぇ。

 

まさに音の機能が心の どこか そういう部分に触れるようになる

ってことなのかも。

 

ちなみにボクは9thに深みを感じます

 

 

以上、そんな感じですっ。

 

それでは。